東京地方裁判所 昭和43年(むのイ)505号 決定 1968年8月02日
主文
本件申立を棄却する。
理由
一本件申立の趣旨および理由
別紙記載のとおりである。
二当裁判所の判断
(一) 事実調の結果によれば、被疑者は、公務執行妨害等被疑事件につき、昭和四三年七月二七日逮捕され、引きつづいて同月三〇日勾留され、現在代用監獄高輪警察署留置場に在監中のものであること、東京地方検察庁検察官平野新は同月二九日付で弁護人主張のような指定書(以下一般的指定書あるいは一般的指定という。)を発し、右代用監獄の長および被疑者にこれが告知されていること、右一般的指定書にいう「別に発すべき指定書」による指定は現在まで行なわれておらず、右指定に関する弁護人または弁護人となろうとする者からの申出もなされていないことが認められる。
(二) 右一般的指定書の記載によれば、一般的指定がなされた被疑事件においては、弁護人は、検察官に対し、あらかじめ被疑者との接見の申出をし、検察官は、指定の日時、時間および場所を記載した指定書(以下具体的指定書あるいは具体的指定という。)を弁護人に交付し、弁護人は、これを持参し、指定の日時、時間および場所において、被疑者と接見することとなる。
(三) 右のような運用を招来すべき一般的指定が、弁護人の主張するように、弁護人の被疑者との接見の一般的禁止であり、具体的指定はその部分的解除に外ならないか否かにつき、次に判断する。
1 刑訴法第三九条第一項、第三項によれば、刑訴法(以下法という。)は、弁護人の防禦権の一部としての、被疑者との接見に関する権利(以下弁護人の接見交通権という。)を保障することを原則としているが、具体的事案において捜査の必要があるときには、この必要性と弁護人の接見交通権の調整をはかつており、この後者に関するものが、右第三項に外ならない。
2 右第三項にいわゆる指定すなわち右調整に関する規定の仕方いかん、すなわち、(イ)指定権行使の主体(ロ)指定の方法について考えてみる。
第一の点については、第三項は、捜査機関、弁護人両者の良識ある協力を期待し、これを前提としているものというべく、捜査機関については、その捜査の必要性の限度を考慮するに際し、弁護人の接見交通権を不判に制限しないよう、慎重な配慮をなすべく要請するとともに、他方、弁護人については、その接見交通権に関し最大の保障をしつつも、捜査機関の捜査の必要性につき、合理的な範囲において、これに協力するよう要求しているものと解するのが相当である。右のような法の趣旨と、制約された期間内における捜査の機動性、迅速性の要請をあわせ考えると、法は捜査機関に右調整すなわち指定権の行使の主導権をゆだねたものというべく、他方その運用が恣意的なものとなる場合に対処するため、法第四三〇条の救済手段を設けることによつて、弁護人の接見交通権を保障したものと解すべきである。以上の次第であるから、指定権行使の主体を捜査機関としていることをもつて、ただちに憲法第三四条に違反するということはできない。
第二の指定の方法について考えてみると、法はこれに関しなんら規定することなく、運用にゆだねている。よつて、運用について考えてみると、捜査機関としては、当初から具体的指定をする取扱いをなしうるか否かが問題となろう。その際、捜査機関としては、当然弁護人の希望をきき、自己の捜査予定と対比して、接見の日時等を調整しなければならないこと、しかし、他方、捜査の機動性、進展性の観点からすると、公訴提起前の勾留期間全部にわたつて捜査の予定をたてることは、不可能な場合があること、捜査の中途において、新たに弁護人が選任される場合があること等が考えられる。右のような諸事情と前記法の趣旨とをあわせ考えると、弁護人においてあらかじめ、接見の申出をし、捜査機関は右申出に基き、弁護人と連絡交渉し、その調整をはかることとする取扱いをせざるをえないであろう。
3 右2において述べたところを前記一般指定書と対比して考えてみると、一般的指定とは、検察官において、当該被疑事件が具体的指定をなすべき事案であることを、あらかじめ監獄の長または被疑者等に対して通告し、弁護人のこれに関する協力を期待するためになされたものであつて、それ自体被疑者ないし弁護人に対し、なんらの拘束力をももちえないものと解すべきである。
(四) 以上述べたところを要約すると、一般的指定が右のような意味をもつに過ぎない以上、一般的指定は、いまだ法第四三〇条にいわゆる「処分」とはいえず、将来具体的指定があるべきことを予想したにとどまるから、到底弁護人の接見交通権を一般的に禁止するものとはいえない。(附言すれば、弁護人としては、このような場合、まず捜査機関に対し、被疑者との接見に関する希望を申し出て、連絡交渉すべきである。弁護人となろうとする者は、一般的指定がなされたことを知ることなく、被疑者との接見を求めることとなる場合が生ずるであろうが、このような場合にあつては、少くとも、監獄官吏において、捜査機関に対し、その具体的指定の要求があつたことを連絡し、これに対する回答(口頭でたりる)をうるための、必要かつ合理的範囲における時間は待機すべきである。当該捜査機関において、弁護人の接見の申出に対し、漫然として回答せず、もしくは一般的指定があることを理由として接見を拒否ないし禁止した場合、具体的指定において接見交通権を不当に制限した場合あるいは監獄官吏において具体的指定書がない限り、弁護人になろうとする者に対しても捜査機関に連絡することもなく、その接見を拒否する場合等に、その不当が責められるものというべきである。)
(五) 本件において、弁護人が具体的指定のための接見の希望を申し出たこと、したがつてまた、検察官において具体的指定をしていないことは前認定のとおりであり、たんに右一般的指定自体をとらえて、弁護人の接見交通権の一般的禁止にほかならないとする本件申立は、以上説明したとおり、その理由がないから、法第四三二条、第四二六条により、これを棄却することとする。(草場良八)